思い出ぽろぽろとこれから

(今日は、とにかく長いです….)

おはようございます。京都はさむいです。北の方はとても大変そうです。どうか寒さがおさまりますように。

年末になると「ロバのアンテナ」のこれからの事を考えます。

小さい頃から縫い物などの手作業が好きで 高校生の時は被服科を先攻。学校帰りに生地を買う為に お小遣いをせっせとためて持っているお金のほとんどを生地代にあてました。(お父さんありがとう)出来上がった洋服たちは、かなりチープでしたが、安くで可愛い洋服がつくれると当時の私は満足でした。高校卒業してからの私は、服飾の専門学校に行くお金がなくそれでも何かないかしらとメイクの専門学校に行くクラスメイトに便乗して、地元を離れ東京に行きました。

服飾とは全然ちがう飲食などでアルバイトをして過ごしていましたが、そんな時、地元のクラブで小さなファッションショーをしようとなり私も誘ってもらい参加しました。当時の私のテーマは、60年代、人魚、がテーマでフランスギャルなどの曲を使い、モデルも自分たちで街に行って声をかけ、ヘアメイクも全て自分で担当しました。かなりきわどい格好もモデルさんにさせてしまいました。(下の乳が少し出るような感じに着てほしい。と、お伝えすると快く引き受けてくださったきれいなお姉さん、あのときは本当にありがとうございました。)

緊張しすぎて当時の記憶がほとんどないのですが、とてもたのしく興奮していたように思います。見てる人はぐちゃぐちゃで何を見せられているか分からなかったかもしれませんが….

その後は、自分の身の回りの物をつくったりする程度で、手づくりを生業にして生きて行くということが夢物語としてどんどん離れて行きました。でも、やっぱり縫うことが好きなので、やめずにちくちく縫っていたら、ある人に今の仕事を辞めてそれを仕事にしたら?と言われました。それから決意するまで2年程かかりました。いつも誰かに背中を押されるまで、ぼんやりしている私に、周りの存在はとても暖かくありがたいです。

生業にするというのは、とても大変なことです。大量生産できないものをつくるということは、収入の限界もすぐにきます。でも、やっぱり手作業によって出来上がったものたちは、私に他にはない幸せを与えてくれるので続けて行きたいです。目標はおじいちゃん、おばあちゃんになるまで使ってもらって「おばあちゃん(おじいちゃん)の使ってるがまぐちかわいいね」って孫に言われることです。

たくさん見てもらえる場所があるからこそ、より自分が愛情を注ぎたい場所に向かってまっすぐに、とにかく全てを大事に大事にして行きたいと思いました。歩みは遅いけど、愛情をかけて育てたいと思います。

長く気持ち悪い文章ですみません。来年は 前のめり気味でがんばろうと思います。

来年の2周年の記念にも、おきゃくさまに日頃の感謝を込めて何かしたいなと思っています。すでにお使い頂いている方にも何かできたらなー。

IMG_0465      OLYMPUS DIGITAL CAMERA      OLYMPUS DIGITAL CAMERA